平成15年3月15日訪問
                        訪  問  後  記

 子供の頃、時刻表巻頭の地図を眺めながら、4つの線路が交わる山本駅はどんな大きい駅なのだろうと想像を膨らませていました。そして、筑肥線が東唐津でスイッチバックになっていて、すぐ近くの唐津まで線路が延びていないのも不思議でした。
 子供の頃、そんな思いを抱いていた駅に訪問できたときは、山本駅に限らずとても嬉しいものです。
 山本駅は、明治31年開業ですが、旅客営業を開始したのは大正2年のことで、それまでは、石炭積み出しのための貨物駅でした。駅舎は旅客営業開始の際、改築されたものが現在まで残っています。現在は伊万里方面への筑肥線の分岐駅ですが、昭和58年の筑肥線の路線変更までは、東唐津から松浦川を挟んで、唐津線の対岸に博多方面からの筑肥線がここまで延びていて唐津線・筑肥線のクロス駅となっていました。またそれを遡る昭和46年までは、岸岳線が分岐していた運炭鉄道のジャンクション駅として活躍していました。

駅前の様子

昔の面影はなく静かな佇まい。
出札窓口

無人駅となっていました。落書き禁止の張り紙が痛々しいです。
構内

 唐津方面をみたところで、旧筑肥線は駅をでるとすぐに右に分岐していました。
 現駅は2面3せんの構内となっています。
旧筑肥線跡(唐津線列車から撮影)

 建物の手前に奥に向かってカーブする築堤が残っています。
佐賀県JR路線図
駅舎の旅MENU
MAIN MENU
TOP PAGE
久保田・伊万里方に向かう唐津線・筑肥線分岐の様子
唐津方と異なり、両線はすぐには分岐せず、唐津線の本牟田部駅先までは、複線のように両線は並行して走ります。ただし本牟田部駅に筑肥線の駅はありません(写真はいずれも筑肥線車内から撮影)。
本牟田部駅を通過してしばらくすると、左の筑肥線が築堤に昇っていき、オーバークロスがあることを予感させます。
両線の間隔が空くと、筑肥線は右に急カーブし、ちょうどキハが通過中の唐津線をオーバークロスします。
そのままお別れ?かと思ったら、丘の中腹を走る筑肥線と麓を走る唐津線は、また、しばらく併走します。
ようやく唐津線は別れを告げ、筑肥線の替わりに国道を道連れに川向こうに去っていきます。
この直後、筑肥線はようやく山本の次駅である肥前久保に到着します。